通園バスが停まる。男の子がバスに向かい、目の高さを合わせた先生のあいさつに応えて乗り込む。
いつも保護者に促され、ためらいながらバスに近づく。しかし、嫌がっている風ではない。きっと、引っ込み思案な性格なのだろう。
ある時、以前は別の保護者に抱きかかえられていた妹が、通園バスの仲間に加わった。兄はあいかわらずためらいを感じるような様子を見せているが、妹は物怖じせずすたすた歩いて堂々とバスに乗る。兄妹でもこんなに性格が違うものなんだな、とか思いながら、生暖かく見ている俺。
そんなある日、兄が「おはようございます」と、大きな声で先生に挨拶した、というよりは怒鳴り声をあげた。
俺は驚いた。あの子が自発的にそうしたとは考え難いので、誰かが吹き込んだに違いない。それも、引っ込み思案な性格を否定的にとらえた誰かが、下手をすると「まだ声が小さい」かなんか言いながら練習させたというストーリーが頭に浮かぶ。下手をすると、男の子は元気にすべきだから、とかなんとかのジェンダーバイアスを吹き込みながら。
いいじゃないか、引っ込み思案だって何だって。それがその子なんだから、受け入れてやれよ。別に何か悪さしたとか、困ることをやらかしたとか、要するに幼少時の俺みたいなことをしたというわけではないんだろ? だいいち、怒鳴るのはあいさつの域を超えているように、俺には思えるのだが…。