このポスターを夜陰に紛れて貼って歩くが、BUNTENが防虫吟強制市場介入班に捕まり、芋蔓式にフリーメイソン日本支部一斉検挙wはてな高齢者マーク(C)finalvent

憲法集会出席断念

今日は小倉で憲法祭りと講演会が予定されていたのだが、別件とぶつかったので行くのを断念した。

この時期になると戦争放棄条項や前文で語られる平和主義に疑問を呈する声が聞こえてくるが、周りを全部大日本帝国にしちまえば侵略される心配はなくなるだろうとばかりに拡張主義に走って戦争を繰り返したが、軍国主義による侵略は、終いには二千万と言われるアジアの同胞や、三百万を越える日本人の命を奪った果てに国土を焦土と化すまでやめられなかった。

日本の民主化を求めるポツダム宣言の受諾によって法文上の主人公になった日本国民は、もう戦争はしてはいけないとの思いから、国家から交戦権を取り上げ、軍隊も持たないことにしたのである。

中国の内戦で親米派(蒋介石)が敗れたことで、日本占領軍の主力であった米国が方針転換し、日本は「武装」させられることとなったが、戦争がどんなものか知っていた当時の政治家たちは、平和憲法を盾に米国の参戦要求を拒み続けた。

しかし、戦争を知る長老政治家がいなくなった今、敵基地攻撃能力である。

80年前の太平洋戦争は敵基地先制攻撃から焼け野原まで4年を要したが、このミサイル時代に中国などと事を構えれば報復のミサイルが遅くとも数時間後には降り注ぐのが明らかである。だから、「強靱化」とか言って自衛隊の司令部を地下に潜らせようとしている。

「強靱化」で、仮に司令部要員は報復をまぬがれても、それ以外全部死亡の世界のどこに希望があるのか。戦争に備える暇があったら、互いが納得できるまでとっくり話し合って戦争を起こさないようにするべきではないのか。

日本国憲法が要請する平和主義の要点は、そんな所にあるように思う。