知的・発達・精神当事者の移動支援: 我が身の日常で支援を模索する(ブコメ)
発達の当事者は、「敢えて混乱する場所に行かないので必要としない」とか
これは、障害による制約を所与のものとして扱っている点でおかしな考え方であるように思う。
自閉系障害の場合、ワンパターン化で安定するのはある意味不自由を受け入れているわけであり、目先の安定と引き替えに得べかりし楽しみを奪われているとも言えるわけであるから、移動支援なり行動援護なりが要らないと決めつけるならば不当であると考える。
本人の安定を保ちながら行動範囲ないし生活の幅を広げていくにはかなり高度な技術を要求されるように俺には思えるのだが、いかがなものだろうか。
この種の支援には膨大なコストがかかるだろうし、一見安定しているなら手出しは不要ではないかといった考え方もあるかもしれないが、障害児・者もひとりの人として幅広く楽しい人生を送れるようにするにはどうすべきかという視点から考えてみたいものである。