「擬制」の安定条件

ないし少数派BUNTENの悲哀。

ネタはとりあえずこのへん。


おおやにき

2007年10月 5日 on reversibility

2007年10月10日 on integrity

2007年10月14日 on performativity


Apes! Not Monkeys! はてな別館

2007-10-12■[戦後責任]パフォーマティヴな否定論

2007-10-14■[メモ]最強伝説おおや


BUNTENのはてなブックマークコメント

まず、最初のリンク(on reversibility)冒頭の

結果が気に入らないからといって「中立」となっている機関の決定に文句を付けはじめるとどういう結果になるか、という問題に関する卓抜な一例

これが、二重基準とされても文句が言えないという意味では「卓抜な一例」であることは確かでしょう。

しかし一歩掘り下げてみれば、教科書調査官は

一般の国家公務員のような採用試験はなく、(中略)文科省が任命

しかも

任免・採用ルートは"闇の中"

で、

文科省とつながりのある個人の口利き

で決まる。そして

今回問題になった沖縄戦についての検定意見原案を作った調査官は、日本史担当の村瀬信一氏です。主任調査官は照沼康孝氏。いずれも伊藤隆東大名誉教授の教え子です。

伊藤氏は扶桑社版『新しい歴史教科書』の執筆・監修者です

という姿が見えてくる(ここまでの調査官に関する引用は「しんぶん赤旗」14日号「文科省の教科書調査官 採用ルート“闇の中”」より。※リンクは15日に追加)わけです。

それでもなお、中立な立場で仕事をしているという擬制を皆が信じられるような内容の仕事をしているならば、試験なしのコネ採用だろうが何だろうが政治問題化するようなことはないでしょう。しかし、沖縄問題に関しては中立という擬制への信頼が揺らぎかねないレベルの仕事をしてしまったために政治側が圧力をかけざるを得なくなり、そこを韓国に突かれるいう失態に繋がったわけです。かといってここで圧力をかけて飲ませられなかったら

「「中立」となっている機関の決定に文句を付けてはいかん」問題は、その中立ということになっている機関の人選とかを多数派(直接選挙で選んでもなお事情は同じ)に委ねざるを得ない点に

問題があること、さらには今の"多数派"の横暴っぷりがどうしようもなく明らかになってしまう、言い換えれば無視できない人々が擬制を疑いだして体制が揺らいでしまう。そうなれば合意という形のもとで少数派を従わせることができなくなる(下手すれば内戦とか独立戦争とか)わけです。万一そうなったら法律もくそもない世界に突入である。orz

その意味で、多数派は横暴を自制すべきなのであって、いかに自らの政治的目的に合致していようとも、横暴を働きそうな輩を「中立」ということになっている機関のメンバーに加えるような馬鹿なことをしたらアカンのである。